ボルネオの白人王（と、嫁さんの手記）

サラワクに王国築いたジェームス・ブルック

　ボルネオの北部を占めるサラワク州は、現在マレーシア連邦の一員。そのため、マライ半島と同じくイギリスの植民地だったと思いがちだが、実際は少し違う。正確にイギリス領になったのは太平洋戦争後であり、1953年のマラヤ連邦成立（半島の独立）にも参加していない。1963年にマレーシア連邦が成立して、ようやく植民地から脱したのだ。
では戦前はどうなっていたのか。16世紀頃にはブルネイ王国が生まれている。ところが1841年にイギリス人ジェームス・ブルックが、反乱軍討伐の引換えに領土を割譲させ、自ら王国を建設した。首狩り族のホワイト・ラジャ（白人王）の誕生である。ブルック家は、その後もブルネイの支配圏を奪い続け、現在のサラワク州に当たる領土を獲得したのは、２代目チャールズの時代。
　ところが、1941年日本軍がボルネオ全土を占領したため、３代目ヴァイナーは王国を放棄してしまった。そして日本軍が去った後にイギリス直轄領になったのである。

古都クチンに残されたコロニアル様式の建物　

　かつてのブルック王朝が首都を置いたサラワク河畔のクチン。現在も州都だが、 150年の歴史を持つ古都として風情ある町並みが残されている。かつてのアスタナ（王宮。現在は知事公舎）やマルガリータ砦はもちろん、町の各所にコロニアル様式の建築物がある。
また中国人街も古いまま多くが残されていて戦前の「サンダカン八番娼館」は、こんな雰囲気だったんだろうな、と想像してしまう。
　そんな建物ウォッチングするとともに、数多いアンティーク店を覗くと楽しい。先住民の工芸品や古銭、古陶器など歴史を感じるものがたくさんある。当局もこの歴史と景観を使って観光開発をもくろんでいるようだ。
　ちなみにクチンにあるサラワク博物館は、東南アジア随一と呼ばれる数々の収蔵品を持つが、別名猫の博物館とも呼ばれている。実はクチンとは、現地語で猫の意なのである。
なぜ猫が町の名前になったかといえば、チャールズ・ブルックの嫁さん（マルガリータ）が猫好きだったからだという…。

　　その嫁さんの手記が、「マイライフ　イン　サラワク」でけある。その冒頭部分の試訳を掲載。

『マイライフ　イン　サラワク』　

第１章

　サラワク、その遙彼方、その風景の夢のような美しさ、人々の持つ支配者への純真な信頼感に思いを馳せるとき、初めての船、二度と出発したくない、船旅の思いが甦ります。
一人のイギリス人少女がどのようにしてサラワクの人々と親交を深めるに至ったかは以下のとおりです。
　１８６８年、初代のサラワクの英国人王の死去にともない、彼の甥である後継者がイギリスに戻ったときに彼の従姉妹にあたる私の母を訪ねました。１８７０年初め私は彼の妻として共にボルネオに戻ることになります。

　当時の日記を読み返すとき、その日々は新しい境遇に一筋の光明を投じていたのに気づくのです。私はビクトリア時代中ばに当時の少女の受けうる限りの教育を受けました。声楽やダンスを習い、二、三のヨーロッパの言葉は話せました、しかし、人生に於いて最も重要な事に関してと言えば、これらは、これまで私の教育への結果の思案でありませんでした。

私は、マルセイユからシンガポールにかけてほとんどずっと船酔いであったため、途中私たちが立ち寄った色々な港譓賰アデン、セイロン、ペナン等譓賰には、それらに興味を持つ余裕すらありませんでした。シンガポールで私たちは、総督からサラワクまでの航海で世話になる居留地の人達から招待を受けました。しかし私が気分が良くないので、ラジャと私はホテルを留まっているのがベストだと考えていました。でも私たちは、総督夫妻、ハリィー閣下とオルド婦人と食事を共にすることになったのです、今までにこれほどに親切な人に出会ったことはありませんでした。裁判所長夫妻のベンソン男爵とマクスウエル婦人もまた、シンガポール近くの屋敷で一日一緒に過ごさないかと誘って、私たちを喜
ばせようとしてくれたものです。私たちもこの好意に甘え、本当に愉快で楽しい時を過ごしました。ただ、これらすべての催しで、誰一人として本来のシンガポール人と出会う機会がなかったことを除いて。

　私が初めて熱帯の果物を味わったのはシンガポールでした。マンゴー、マンゴスチィンに、酢と砂糖のシロップに綿を浸したような味のする酸っぱいパンといわれる果物、そのほかたくさんの種類譓賰航海が原因で甚だ不機嫌な心理状態では、まったく嫌な印象しかありませんでした。南国についての楽しい印象と言えば、そのような気分にはこれぽっち
もわかることなんかできなかったと断言しなければなりません。赤道地域の暑さや湿気でじっとりとした雰囲気がいやでしたし、私は決してこれらの国々に幸福を見いだせないだろうと思ったものです。

　シンガポールで数日間を過ごした後、私たちはラジャのヨット、ハート・シーズ号に乗船しました。この船は250 �の木造の砲艦で、この船の賞賛者たちはまるで波のうえを蹴るカモメと讃えていました。この船の運転の方は、クチンまでの丸二日間の航海は非常に私を悩ましたのです。
　私が初めてゴキブリやネズミを体験したのは、このハート・シーズ号の船上です、そしてそれらは私を夜中も絶え間なく私を脅かしたのです。ゴキブリはカブトムシより多少大きくて、ひらぺったく褐茶色をしています。雨が近づくと決まって彼らは活発に活動を始めるが、毎日のように雨が降るこの地域では、彼らのこの習性は人間にとっては気に触ります。彼らは大した距離から飛びかかってきて、彼らの犠牲者に止まるのです。私は寝台に横になり、眠りに就こうとしていると、私の顔や腕や手に飛びついてきてどんなに私を飛び上がらせたことでしょうか。その釘のように細長い小さな足は痛い思い出です。

　誰にも多かれ少なかれわずかな距離をおいてネズミには親しみがあるに違いありませんが、ハート・シーズ号のネズミはとりわけ親しみがあったようです。彼らは私のキャビン内をあちこちするすると動き回り、時には譓賰私の枕を引っ掻いたり私を一層憂鬱にさせました。

　シンガポールを出発してから三度目の朝、私は突然船が穏やかな水面上を進んでいるように感じました。これは私を甲板上にはい上がらせて回りの景色を眺める気持ちをうながしました。それは私が今までに見たこともないような美しい景色でした。潮が変わりかけていました、そして川岸の湿気を含んだ森や奥地の高山の辺りには朝もやがまとわりつき、そしてそのもやが川をこえて漂っています、好奇な甘いいいようのない匂い、何となく芳しいような、何となく嫌疑的な、言葉にできない泥炭地特有の毒気を催すような靄。

　私が触れる全てのものは露を帯び、大変ひんやりとした寒さを感じたことを覚えています。私はサントゥボンの高い山をみることができました、およそ3000ﾌｨｰﾄほども達する大きな緑色の絶壁が水面からそびえ立ち、その頂上までも豊かな森で覆われています。山裾にはまるで大男がナインピン・ゲームでばらまいたように、莫大な数の茶色の丸石がまき散らされた砂地が一面に広がっていました。砂岸の後ろにはCasuarina （現地ではTalking-trees と呼ばれている）の木立が生えています。そよ風が、その枝がまるで僅かなひと吹きの風でももうもうとしたダークグリーンの煙の中にb ` b ` いそうな、レースのような枝を揺り動かす音からそう呼ばれるよ棒柱の土台に乾いた椰子の葉で葺いた茶色の掘っ建て小屋が川岸に点在していました。
　
　そして小さな褐色の子供たちが、水を汲みだしたり中ではしゃいだりしている小さなカヌーが岸辺に繋いであります。土手には洗濯をしている女性達の姿が見えました、彼女は襞やタックを巧みに脇の下で折り込んで一枚の布切れをピッタリと身にまとい付けるような衣装を着ており、大きな髷に結ばれた黒い長い真っ直ぐの毛がうなじに垂れています。そんな全ての光景が一目で見渡せました。

　人々の姿は私からは余りにも遠く離れていて、彼らの表情までは見分けることできませんでしたが、上げ潮は私たちを順調に川の上流へと運んで行きました。（Ｐ5.) 途中あちらこちらで、クチンの市場に持ち込む魚を積み込んだカヌーや、船尾に立ってゴンドラの船頭のように速い小型の細いカヌーをあやつる中国人に出会いました。私たちは、小さな一人漕ぎの丸木舟から女子供たちがたくさん乗り込んだマライ人の大きな屋形舟まで、実に様々な船を通り過ぎていきました。

　雨や日差しを遮るように屋根が葺かれており、たいてい薄汚れた白い木綿のズボン下を履いた男に船を漕がせ、なにかしらメッカに行ったことのある目印のターバンの襞を見せるかのように気取った円錐形の帽子を載せて、舳先に胡座をかいて腰を下ろた老人の姿がありました。私の注意は、ある大変小さなカヌーに引きつけられた。というのは、私は綿のスカーフに縮こまって老女がその船の真ん中に座っているのを見たからです。小さなほとんど丸裸の少年が勇ましげにずっと船を漕いでいる傍ら、私たちの汽船が通り過ぎようとするときに、彼は彼の可愛そうな老女に対して侮蔑を吐きかけました。

　私が、ヨットのマライ人乗組員と知り合いになったのもこの朝でした。誰でも初めて見知らぬ外国人の中に自分が置かれたときのように、私は水兵が皆同じように思えました。
私はラジャから若者や年寄りもいること聞きましたが、私にはまったく違いを見分けることができませんでした。彼らは皆同じようにモンゴル系に属する鼻が低く鼻孔が広がっていて分厚い唇、落ち着きのない黒い瞳にひょろ長い髪をしていました。
　私は慎ましやかに彼らに近づこうと試みました; あちらこちらの通りすがりに彼らを見つめて微笑みかけましたが、彼らはただ体を二つに曲げて通り過ぎるだけでした、私の友好的な接近に対しても私の藤の椅子にたいする興味以上の注意を示しません。
　彼らは私が今までに出会ったなかでもっとも礼儀正しい人達でした。それでも、どんな普通ヨーロッパ人乗組員と同じように有能であると言われたとおりでした。

　ラジャは、折にふれてシンガポールで私たちに会いにやって来た彼の士官の一人を同伴していました。私たち３人がデッキに腰を掛けていると、彼らは私が今までに出くわした最も物静かなペアーであると思いました。私はこの地域について知りたかったし、いろいろ尋ねたのですが、満足する答えを得ることができませんでした、そして私は徐々に自分でその答えを見つけた方がいいだろうと理解するようになってきました。

　私は、泥の中で育ち、満潮時は水浸しで膝まで浸かっているマングローブについて知りたいと思いました。私は、川岸に房を付けた巨大な霊柩車の羽飾りのようなニッパ椰子の大きな森、そのニッパ椰子はシンガポールで十六種の違った最も有用な製品が取れると教えられていました譓賰についても知りたかったのです。私は、遠くの内陸で他の草木のうえに高くそびえ立っていて、グリーン色で光沢のある葉が朝の風の中でしとやかな王冠のように揺れている細長い椰子の木の名前を知りたいと思いました。そしてまた、私は泥の中に横たわっている丸太のような大きなものを見ました、それらが動いてうんざりしたようにどぼんと水に入ったときに生まれて初めてみたワニであることが判りました。

　私は、水の上に突き出した枝の間から、しかめっ面をして私たちを覗いている黒い表情豊かなサルたちの顔を見ました、それは彼らの住まいに私たちが侵入したことを怒っている老人のようでした。何という種類のサルであるかという私の質問に対しては、いつもの違った答えが与えられました。……

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